メキシコは、外国人の不動産取得を場所で切り分けています。国境から100km、海岸から50kmの帯に入る土地は、外国人が所有権そのもの(dominio directo)を取得できません。憲法27条1項が禁じているためです。
この帯の中で外国人に認められているのは、信託(fideicomiso)を設定して不動産の使用と収益を受けることだけです。信託の期間は最長50年、契約は公正証書によるものとされ、設定には外務省(SRE)の許可が要ります。帯の外であれば、この制約は掛かりません。
そして実務上いちばん効いてくるのが、その許可を処理する電子システムが止まっていることです。メキシコ外務省は、申請を受け付ける電子システムSIPAC27に不具合が生じ、手作業での処理になっているため、5営業日という法定の処理期限を停止していると告知しています。
「制限区域」はどこを指すのか
メキシコ外務省は、憲法27条1項を引いたうえで、外国人が取得できない範囲を距離で示しています。国境沿いは100km、海岸沿いは50kmです。カンクン、プラヤ・デル・カルメン、ロスカボス、プエルト・バジャルタといった、日本人が名前を知っている物件所在地は、ほぼすべてこの帯の内側に入ります。
| 場所 | 外国人の所有権(dominio directo) | 使える手段 |
|---|---|---|
| 国境から100kmの帯 | 取得できない | 信託(fideicomiso)を設定して使用・収益を受ける |
| 海岸から50kmの帯 | 取得できない | 信託(fideicomiso)を設定して使用・収益を受ける |
| 帯の外(内陸部) | 憲法27条1項の距離制限の対象外 | 外務省に対する合意(いわゆるカルボ条項)を前提とした取得 |
ここで注意したいのは、禁止されているのは「所有権を持つこと」であって、「使うこと」ではないという点です。外務省は「この制限区域の中にある不動産については、外国投資法第2編に従って信託を設定することにより、使用と収益のみが認められる」と書いています。住むことも貸すことも売ることも、信託という器を通せば可能です。器の名義が自分ではない、という一点が違います。
禁止されていること
帯の中の土地・水域について、外国人が直接の所有権を持つこと。
認められていること
信託を設定し、その不動産の使用と収益(uso y aprovechamiento)を受けること。
条件が付くこと
外務省の許可を得ること、用途が住居用であること、期間が最長50年であること、公正証書によること。
信託(fideicomiso)とはどういう器か
メキシコ外務省の説明によれば、この信託は次の形をとります。銀行が受託者(fiduciaria)となって不動産を保有し、外国人は受益者(fideicomisario)として使用と収益を受けます。
| 受益者になれる者 | 外国人(自然人・法人)、または外国人受入条項を持つメキシコ法人 |
|---|---|
| 用途 | 不動産を住居用途(fines residenciales)に充てること |
| 期間 | 最長50年 |
| 契約の形式 | 公正証書(escritura pública)によること |
| 許可を出す官庁 | 外務省(Secretaría de Relaciones Exteriores)法務総局(DGAJ) |
| 根拠 | 憲法27条1項、外国投資法第2編、同法11条 |
信託には、第一順位の受益者だけでなく、第二順位の受益者や予備受益者を指定できます。外務省が発行する許可証の記載項目にも「第二順位の受益者と国籍」「予備受益者と国籍」が並んでいます。相続を見据えて誰に渡るかを先に決めておける、という設計になっています。
申請するのは買主ではなく銀行
ここが日本の感覚とずれるところです。許可を申請するのは買主本人ではありません。受託者になる銀行の受託代理人(delegado fiduciario)が申請します。
受託者になる銀行を決める
信託を引き受ける信用機関(銀行)を選びます。許可の申請は、その銀行の受託代理人の名前で行われます。
銀行が外務省へ申請する
2012年3月16日に官報で公示された合意により、2012年4月2日以降、受託代理人は国税庁(SAT)が発行する電子署名証明書(FIEL)を使って、外務省法務総局の第27条許可課へ申請することとされています。
手数料を納める
連邦手数料法25条が定める額を、認定された信用機関を通じて電子納付します。
許可を受け取る
許可証には、許可番号、受託代理人と銀行名、委託者と国籍、受託者、受益者と国籍、信託期間、信託財産、所在地、総面積、海岸または国境からの距離などが記載されます。
公正証書で信託契約を結ぶ
契約は公正証書によらなければならないとされています。
いま起きていること:電子申請が止まり、処理期限も止まっている
外務省の告知(制限区域の信託許可のページ)
外務省は「この手続きは停止していない」と明記したうえで、電子システムSIPAC27に不具合が生じているため申請を手作業で処理しており、結果として通常より時間がかかっていると説明しています。そのうえで、2020年9月29日に官報で公示された合意にもとづき、決定を出すまでの5営業日という法定の期限を停止したとしています。
申請は articulo27@sre.gob.mx というメールアドレスへ、必要書類をPDFで送る形で受け付けられています。法務総局は同じメールアドレスで面会の予約も出しており、許可証はメキシコ市の外務省庁舎で受け取る運用です。
購入の日程を組むときに効いてくるのはここです。「5営業日で出る」という前提で決済日を置くと合わない可能性があります。外務省自身が、その期限を止めていると書いています。どれくらいかかるかについては、外務省の案内に具体的な日数の記載がありません。
申請に添える9項目
外務省が挙げている必要事項は次のとおりです。物件の位置関係を示す項目が入っているのが、この制度の特徴です。
| 番号 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 委託者(fideicomitente)の氏名と国籍 |
| 2 | 受託者となる信用機関(銀行)の名称 |
| 3 | 受益者の氏名と国籍、第二順位の受益者および予備受益者がいる場合はその氏名と国籍 |
| 4 | 信託の期間 |
| 5 | 不動産の用途 |
| 6 | 信託の対象となる不動産の表示、所在地、寸法、隣接関係、総面積 |
| 7 | 国境または連邦海洋陸域区域からの距離 |
| 8 | 連邦手数料法25条が定める額の納付 |
| 9 | 申請は電子的手段(SIPAC27)によること |
信託を作ったあとに残る手続き:外国投資登録
許可を得て信託契約を結べば終わり、ではありません。メキシコ経済省の外国投資登録(RNIE)に登録する義務が残ります。

| 区分 | 登録の対象 |
|---|---|
| 第1区分 | メキシコ国内で反復的に商行為を行う外国の個人・法人、および他国籍を取得して国外に住所を持つメキシコ人 |
| 第2区分 | 外国の個人・法人や外資多数のメキシコ法人が、信託を通じてを含めて参加するメキシコ法人 |
| 第3区分 | 外国投資のために権利が生じる、株式・持分・不動産・中立投資の信託 |
不動産の信託は第3区分にあたります。登録後も、受託者・信託の目的物・第一順位の受益者に変更があったときは変更の届出が要ります(第一順位の受益者については、外国投資委員会が定める基準額を超える場合のみ)。公証人と仲立人は、登録義務のある者が登録を証明しない場合、外国投資法34条にもとづいてRNIEへ通知することとされています。売主側の公証人が登録の有無を見ているという意味です。
経済省が出している注意:タイムシェアは登録されない

経済省が明示している3点
1つ目は、メキシコのタイムシェア(tiempos compartidos)はRNIEに登録されない、ということ。2つ目は、外国人へのタイムシェア売買という形で犯罪行為を働く企業の存在が知られている、ということ。3つ目は、RNIEの手続きはすべて無料であり、登録申請に関連して一切の支払いをしないことです。
「登録に手数料がかかる」と言って送金を求められたら、その時点で経済省の記載と食い違います。
日本側で必要になること
メキシコ側の手続きが終わっても、日本の居住者であれば日本側の報告義務が残ります。外為法上の報告や、国外財産調書、国外送金等調書といった書類がどう掛かるかは、物件の価格と保有形態で変わります。制度の整理は海外不動産の規制とは?日本側で必要な報告・調書の4つにまとめています。
また、信託の受益権という形で持つことになるため、相続や譲渡の場面で「何を持っているのか」の整理が要ります。海外不動産相続の完全ガイドも合わせて読むと、器の違いが効いてくる場面が見えます。
他の国の規制と並べると
| 国 | 切り分けの軸 | 外国人に掛かるもの |
|---|---|---|
| メキシコ | 場所(国境100km・海岸50km) | 帯の中は所有権を持てず、信託で使用収益のみ |
| スイス | 用途(事業用か住宅か) | 事業用は許可不要、住宅は原則取得できない |
| 韓国 | 区域の指定 | 首都圏の住宅は許可制 |
| 台湾 | 相互主義と地目 | 移転できない7種類の土地と、許可が要る8用途 |
| イギリス | 税率 | 購入制限はなく、非居住者にSDLTが2%上乗せ |
メキシコは、この中で唯一「場所」で線を引いています。物件を選ぶ前に地図上の距離で当たりが付く、という意味では判断しやすい一方、日本人が行きたい海沿いのリゾートがちょうど制限区域に入るという、使いにくい形になっています。
この記事で確認できなかったこと
- 信託許可の手数料の実額。連邦手数料法25条が根拠とされていますが、外務省の案内に金額の記載がありません。
- 現在の実際の処理日数。法定の5営業日は停止されており、代わりの目安は示されていません。
- 制限区域の外で外国人が取得する場合の手続きの詳細。外務省の別の手続きページは、今回アクセスした時点で自動判定により内容を読み取れませんでした。
- 信託の期間を50年経過後に更新できるかどうかの取り扱い。今回参照した外務省の案内には記載がありません。
- 信託の設定・維持にかかる銀行の手数料。民間の取引条件であり、公的な公表資料の範囲外です。
この記事が参照した一次情報
- メキシコ外務省「Permiso para constituir fideicomiso en zona restringida」(2026年9月22日に表示を確認。憲法27条1項の距離、信託の期間と形式、申請要件、SIPAC27の不具合と期限停止の告知)
- メキシコ経済省 外国投資登録「Obligaciones RNIE」(2026年9月22日に表示を確認。登録対象の3区分、変更届、外国投資法34条、タイムシェアについての注意喚起)
本記事は公表されている制度の整理であり、個別の取得可否や税務上の判断を示すものではありません。実際の取引では、メキシコの公証人、受託者となる銀行、および現地法務に通じた専門家に確認してください。
