「海外に移住すると年金がもらえなくなる」という言い方は、正確ではありません。日本年金機構の案内を読む限り、住む国が変わっただけで受給権が消えるという仕組みはありません。実際に受け取れなくなるのは、受給資格期間の10年に届いていない場合と、届出を出さずに支払いが止まった場合です。

そして、海外に住んでいた期間について制度側にはきちんと救済が用意されています。日本人が海外に居住していて国民年金に任意加入しなかった期間は、年金額には反映されないものの、受給資格期間としては数えられる「合算対象期間」にあたります。この記事では、日本年金機構の公表資料だけを使って、どこで受給権が切れ、どこで守られるのかを整理します。

まず、受給権が消えるのは「住む場所」ではない

老齢基礎年金の受給要件は、日本年金機構の説明では保険料納付済期間と保険料免除期間などを合算した受給資格期間が10年以上あることです。65歳から受け取れます。ここに居住地の条件は入っていません。海外に住所を移したことを理由に、いったん得た受給権が取り消される規定は示されていません。

それでも「もらえない」という話が広がるのは、移住によって次の3つが同時に起きやすいからです。国民年金の強制加入被保険者ではなくなること、保険料を納める経路が途切れること、そして受給が始まったあとの届出が増えること。制度が閉じるのではなく、自分で動かないと止まる箇所が増えると考えると実態に近くなります。

誤解されがちな話

海外に住むと年金が消える

住所を海外へ移したことを理由に受給権がなくなるという説明は、日本年金機構の案内には見当たりません。

実際に起きること

強制加入ではなくなる/届出が増える

国民年金の強制加入被保険者ではなくなります。受給開始後は年1回の現況届が必要になります。

「もらえない」と言われる状態の多くは、受給資格期間の不足か、手続きの取りこぼしに分解できます。

海外にいた期間は「カラ期間」として10年に数えられる

ここがいちばん誤解されている部分です。日本年金機構は、受給資格期間としてみなせるが年金額には反映されない期間を「合算対象期間」と呼び、その主なものとして、昭和61年4月1日以降については「日本人であって海外に居住していた期間のうち国民年金に任意加入しなかった期間」を挙げています(20歳以上60歳未満の期間に限られます)。

日本年金機構の「合算対象期間」のページ。主な合算対象期間として、日本人であって海外に居住していた期間のうち国民年金に任意加入しなかった期間などが列挙されている
合算対象期間は「年金額には反映されないが、受給資格期間としてみなす」期間です。出典:日本年金機構「合算対象期間」

同じページは「保険料を納付した期間と免除された期間に合算対象期間を加えた期間が10年以上あれば老齢基礎年金の受給要件を満たすことになります」と明記しています。つまり、日本にいた期間の納付が8年しかなく、そのあと海外に5年住んで任意加入しなかった場合でも、受給資格期間としては13年になり、10年の要件は満たすという計算になります。

ただし注意点が2つあります。1つは、カラ期間は年金額を増やさないこと。要件を満たす役には立っても、振り込まれる額には反映されません。もう1つは、20歳以上60歳未満の期間に限られることです。この2つを踏まえると、「受給権は守られるが、額は痩せる」というのが海外移住の正味の影響になります。

額を守りたいなら、国民年金の任意加入がある

額の目減りを避ける手段として用意されているのが国民年金の任意加入です。日本年金機構は「海外に居住することになった方は、国民年金の強制加入被保険者ではなくなりますが、日本国籍の方であれば、国民年金に任意加入することができます」と説明しています。任意加入している人は任意加入被保険者と呼ばれます。

項目 日本年金機構の案内
対象 海外に居住することになった日本国籍の方
提出書類 国民年金被保険者関係届書(申出書)
窓口(これから転出) お住まいの市区町村窓口
窓口(すでに海外・国内協力者あり) 日本における最後の住所地を管轄する市区町村窓口
窓口(すでに海外・協力者なし) 日本に住んだことがある方は最後の住所地を管轄する年金事務所。住んだことがない方は千代田年金事務所
納付方法 国内にいる親族等の協力者が代わりに納める方法と、日本国内に開設している預貯金口座からの引き落とし
できること 付加保険料を納めて年金額を増やせる。海外在住期間中の死亡・障害に対して遺族基礎年金・障害基礎年金の対象になる
できないこと 免除・納付猶予や学生納付特例の申請
任意加入の手続きと効果。窓口が3通りに分かれるため、出国前か出国後か、国内に協力者がいるかで確認先が変わります。出典:日本年金機構「国民年金の任意加入の手続き(日本の年金制度への継続加入)」

見落とされやすいのが、任意加入は将来の老齢基礎年金だけの話ではないという点です。日本年金機構は、任意加入して保険料を納めることで「海外在住期間に死亡したときや病気やけがで障害が残ったときに遺族基礎年金や障害基礎年金が支給されます」と書いています。逆にいえば、任意加入していない海外在住期間は、この2つの保障も外れます。移住先での医療費や収入減を自分で抱えることになるため、掛け捨てのつもりで比べる話ではありません。

日本年金機構の「国民年金の任意加入の手続き」のページ。任意加入の手続き、保険料を納める方法、将来の年金、帰国したときの手続きという項目が並んでいる
帰国して住民票に登録すると、その時点で強制加入被保険者に戻ります。一時帰国で短期間だけ住所を有した場合も同様と案内されています。出典:日本年金機構「国民年金の任意加入の手続き」

働きに出る国によっては、社会保障協定が効く

移住先で就労し、その国の社会保障制度に加入する場合は、社会保障協定の有無で扱いが変わります。日本年金機構は、協定を結んでいる国ごとに「協定発効年月」「期間通算の可否」「二重加入防止の対象となる制度」を一覧で公表しています。すべての協定で加入期間の通算ができるわけではありません。

相手国 協定発効年月 加入期間の通算
ドイツ 2000年2月 通算できる
英国 2001年2月 通算できない
韓国 2005年4月 通算できない
アメリカ 2005年10月 通算できる
ベルギー 2007年1月 通算できる
フランス 2007年6月 通算できる
カナダ 2008年3月 通算できる
オーストラリア 2009年1月 通算できる
オランダ 2009年3月 通算できる
チェコ 2009年6月 通算できる
協定発効の早い順に10か国。英国と韓国は二重加入の防止のみで、加入期間の通算はできないと記載されています。全一覧は出典ページで確認できます。出典:日本年金機構「協定を結んでいる国との協定発効時期および対象となる社会保障制度」(更新日2025年10月27日)

この表の「通算できない」は、移住を考えるうえで重い意味を持ちます。英国や韓国で現地の年金制度に加入しても、その期間を日本の受給資格期間に足すことはできません。二重に保険料を払わずに済むという効果と、期間が通算されるという効果は別物です。協定があるからといって自動的に両方が付いてくるわけではない、というのが公表資料の読み方になります。

受け取り始めてからは、年1回の現況届で止まる

受給権があっても支払いが止まる典型が現況届です。日本年金機構は「海外にお住まいの方が年金を受け取る場合は、年1回『現況届』の提出が必要です。現況届の提出期限は、誕生月の末日です」としています。2025年4月に誕生月を迎える方からは、現況届が誕生月の3カ月前に送付される運用に変わりました。

日本年金機構の「海外にお住まいの年金を受けている方が誕生月を迎えたとき」のページ。年1回の現況届の提出が必要であることと提出期限が示されている
現況届には在留証明の添付が必要です。添付する書類の証明日は、誕生月を含めて過去6カ月以内のものが有効とされています。出典:日本年金機構「海外にお住まいの年金を受けている方が誕生月を迎えたとき」(更新日2026年4月1日)

添付書類にも条件があります。日本国籍の方は、お住まいの国の日本領事館等が発行した在留証明を添付します。2025年5月27日からは、一部の在外公館を除き、電子的に作成した在留証明(e-証明書)の取得も可能になりました。マイナンバーカードを持っていれば、e-Gov電子申請で現況届を提出することもできます。外国籍の方は、在留証明に代えて自国の戸籍や住民票に相当するもの、または公的機関や公証人等による第三者の証明を添付します。

もう1つ、実務的な配慮も公表されています。国際郵便の受付が再開していない国・地域に居住する方については、受付が再開するまでの間、現況届の提出がない場合でも年金の支払いを差し止めないとされています。郵便が動かないことを理由に止められる仕組みではない、ということです。

移住のタイミング別に、やることを並べる

出国前市区町村窓口で任意加入を申し出るかどうかを決める。保険料の納付経路(国内協力者か口座振替か)も同時に決めておく
出国後すでに出国してからでも任意加入は申し出られる。窓口は国内協力者の有無で変わる
在外中任意加入しない期間は合算対象期間として受給資格期間に算入される。ただし年金額には反映されない
受給開始海外の住所・受取金融機関を届け出る。租税条約に関する届出書が必要になる場合がある
毎年誕生月の末日までに現況届を提出。在留証明の証明日は誕生月を含む過去6カ月以内
帰国時住民票に登録した時点で強制加入被保険者となる。転入した市区町村役場で手続きが必要
海外移住と年金の関係は、出国前・在外中・受給開始後・帰国時の4つの局面に分けると見通しが立ちます。

受け取りの実務では、書式も決まっています。日本年金機構は「海外で年金を受け取るとき」のページで、外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届、租税条約に関する届出書(様式9)、特典条項に関する付表(様式17-米)を掲げています。租税条約の様式は国税庁側で更新されるため、最新のものを確認するよう案内されています。

年金を前提にしない設計も、同時に考える

ここまでで分かるのは、海外移住で失われるのは受給権ではなく年金額だという点です。カラ期間は要件を満たす助けにはなっても、振り込まれる額を増やしません。任意加入すれば額は積み上がりますが、そのぶん保険料の負担は続きます。どちらを選ぶにせよ、移住後の生活費すべてを公的年金でまかなう設計にはなりにくいのが実情です。

だからこそ、当サイトでは通貨と国を分けた資産の持ち方を扱っています。現地で受け取る賃料と日本円で受け取る年金では、為替の影響の向きが逆になります。物件を持つ側の制度については、海外不動産の規制と日本側の報告・調書にまとめました。買う国を決める前に、タイのコンドミニアム購入ガイドやマレーシアのコンドミニアム購入ガイドのように、外国人所有の可否を国ごとに確認してください。送金の手段そのものを比べたい場合はWiseの使い方も参考になります。

よくある質問

海外に移住したら年金はもらえなくなりますか

住所を海外へ移したことだけを理由に受給権がなくなるという説明は、日本年金機構の案内には見当たりません。老齢基礎年金の受給要件は、保険料納付済期間と保険料免除期間などを合算した受給資格期間が10年以上あることです。実際に受け取れなくなるのは、この10年に届かない場合と、受給開始後の現況届などの手続きが滞った場合です。

海外に住んでいた期間は無駄になりますか

受給資格期間としては数えられます。日本年金機構は、昭和61年4月1日以降について「日本人であって海外に居住していた期間のうち国民年金に任意加入しなかった期間」を主な合算対象期間の1つとして挙げています(20歳以上60歳未満の期間に限ります)。ただし年金額には反映されません。

海外にいる間も保険料を払い続けられますか

払えます。日本国籍の方は国民年金に任意加入でき、国内にいる親族等の協力者が代わりに納める方法と、日本国内に開設している預貯金口座からの引き落としが案内されています。付加保険料を納めて年金額を増やすこともできます。

任意加入すると何が変わりますか

納めた期間が年金額に反映されます。加えて、海外在住期間中に死亡したときや、病気やけがで障害が残ったときに、遺族基礎年金や障害基礎年金の対象になります。なお任意加入している間は、免除・納付猶予や学生納付特例の申請はできません。

移住先で年金に入ったら、日本の期間と合算できますか

社会保障協定の内容によります。日本年金機構が公表している一覧では、ドイツ、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコなどは加入期間の通算ができるとされる一方、英国と韓国は通算ができないと記載されています。相手国ごとに確認が必要です。

受給が始まったあとに必要な手続きは何ですか

海外にお住まいの方は、年1回「現況届」を誕生月の末日までに提出します。日本国籍の方は日本領事館等が発行した在留証明を添付し、その証明日は誕生月を含めて過去6カ月以内のものが有効です。マイナンバーカードがあればe-Gov電子申請でも提出できます。

郵便事情が悪い国にいる場合はどうなりますか

日本年金機構は、国際郵便の受付が再開していない国・地域に居住する方について、受付が再開するまでの間は現況届の提出がない場合でも年金の支払いを差し止めないとしています。該当する国・地域の一覧は同機構のページで公開されています。

帰国したら手続きは要りますか

必要です。任意加入被保険者が帰国して日本国内に住所を有した(住民票に登録した)場合は、国民年金の強制加入被保険者となり、転入した市区町村役場での手続きが求められます。一時帰国などで短期間だけ住所を有した場合も同様と案内されています。

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