目次

海外不動産の損益通算とは?基本の仕組みと目的を理解する

不動産所得における「損益通算」の意味

損益通算とは、複数の所得区分のうち「利益(黒字)」と「損失(赤字)」を相殺することで、最終的な課税所得を減らす仕組みのことです。日本の所得税法では、給与所得・事業所得・不動産所得などを合算して課税所得を求めるため、不動産で赤字が出た場合に給与所得などと相殺して税金を軽減できる場合があります。

たとえば会社員が給与所得で1,000万円の収入を得ている一方、賃貸物件の不動産所得で200万円の赤字が出た場合、課税所得は1,000万円−200万円=800万円として計算されます。これにより、所得税・住民税の負担を下げる「節税効果」が生まれます。

海外不動産と損益通算の関係

かつては、海外の不動産(主に中古建物)を利用して国内所得と損益通算を行う手法が広く用いられていました。特にアメリカなどでは建物の価値が高く、耐用年数を短く設定できることから、減価償却によって大きな赤字を計上しやすい構造になっていたのです。この「海外不動産の損益通算」は、所得税の累進課税を軽減する合法的な節税手法として注目を集めました。

しかし、この仕組みは「実際には損失が出ていないのに、会計上だけ赤字を作り出す」という構造的な問題を抱えていました。そのため、国税庁と財務省が2020年(令和2年)の税制改正を通じて、国外中古建物に関する損益通算を制限する方向に舵を切ることになります。

損益通算が注目された背景と目的

海外不動産を使った損益通算スキームが注目された理由は、主に以下の3点にあります。

  1. 所得の圧縮効果が大きかったこと
    減価償却費による赤字を給与所得と相殺することで、数百万円単位の節税が可能とされていました。
  2. 高所得者層への節税メリット
    所得税率が高い層ほど、損益通算による節税インパクトが大きく、資産運用の一環として活用されました。
  3. キャピタルゲイン(売却益)とのバランス
    賃貸期間中に赤字を作り、売却時に譲渡所得(分離課税)で課税されることで、トータルの税負担を軽減できるという構造がありました。

このように、損益通算はもともと「所得の公平な計算」を目的として制度設計されていましたが、海外不動産を利用した場合に過度な節税スキームとして利用されるケースが増えたため、後の改正で制限が加えられることとなりました。

節税スキームから税制是正へ

国税庁は「本来の経済的実態と乖離した損失計上は税の公平性を損なう」と指摘し、会計検査院の報告を受けて法改正を実施しました。これにより、国外中古建物に対する減価償却のうち「簡便法」による計算部分は、損益通算の対象外とされています。すなわち、節税を目的とした不動産投資から、より実質的な資産運用・所得把握へと方向転換が求められるようになったのです。

損益通算は「赤字を活かす」制度ですが、海外不動産のように実態とかけ離れた節税目的で使われると、税制の信頼性を揺るがす結果になります。正しい理解と、長期的な資産形成視点が大切ですね

国税庁が定める国外中古建物の損益通算制限とは

租税特別措置法第41条の4の3の概要

令和2年度税制改正で新設された「租税特別措置法第41条の4の3(国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例)」は、個人が海外の中古不動産を利用して節税を行う行為に制限をかけるための規定です。

それまで日本の高所得者を中心に、米国などの中古不動産を購入して多額の減価償却費を計上し、給与所得などの黒字と通算して税負担を減らすスキームが多用されていました。

この条文では、国外中古建物において「簡便法(耐用年数の短縮を許す簡易計算)」を用いて算出された減価償却費による損失分について、国内所得や他の所得と損益通算することを禁止しています。

つまり、海外の中古不動産から発生する赤字のうち、簡便法で計算された減価償却費による損失は「なかったもの」とみなされ、給与所得・国内不動産所得・事業所得などと相殺できなくなりました。

「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」の具体的内容

制度の中心は、次の3つのポイントで構成されています。

  1. 対象となる建物
    ・国外(日本国外)に所在する中古建物で、居住や賃貸を目的としたもの
    ・「中古」とは、新築後に他者が使用した履歴がある建物を指します
  2. 制限の対象となる損失部分
    ・簡便法で計算した減価償却費に該当する金額
    ・これに基づいて発生した不動産所得の損失額
  3. 通算が制限される所得の範囲
    ・国内不動産所得との「内部通算」
    ・給与所得・事業所得・雑所得などとの「所得外通算」
    これらいずれも認められません。

ただし、同一の国外不動産同士で発生した損益については、従来通り通算が可能です(いわゆる“内部通算”)。

令和3年以降に適用される新ルールの範囲

この改正は令和3年(2021年)1月1日以降に生じる所得から適用されています。

それ以前に購入し、すでに減価償却を進めていた不動産であっても、令和3年分以降の確定申告ではこの制限が適用されます。

つまり、改正前に開始していた節税スキームも途中から制限対象となるため、継続的に海外不動産を保有している投資家ほど影響が大きくなりました。

また、通達文書では「共通必要経費の合理的配分」についても詳細が定められています。

複数の不動産を所有している場合、家賃収入や取得価額の比率に応じて経費を按分することが求められ、恣意的な経費計上を防止する内容となっています。

このように、令和3年以降の制度は、従来のような海外中古不動産を利用した減価償却中心の節税手法を実質的に封じる構造となっています。

海外中古建物を活用した節税を計画する場合は、法人スキームや長期譲渡益の活用など、現行法の範囲で戦略を立てることが欠かせません。制度の趣旨を理解し、税務上の透明性を確保することが将来のリスク回避にもつながります

なぜ国税庁は海外不動産による節税を制限したのか

会計検査院による問題提起と制度改正のきっかけ

国税庁が海外不動産を使った節税を制限した直接のきっかけは、会計検査院による指摘でした。2015年(平成27年度)の決算検査報告において、個人投資家が「海外中古不動産を用いた過度な損益通算スキーム」を利用している実態が明らかにされたのです。具体的には、アメリカなどで築年数の古い中古物件を購入し、日本の「簡便法」による短い耐用年数で減価償却を計上することで、一時的に多額の赤字を作り、給与所得などと損益通算して所得税を大幅に圧縮していました。

しかし、現地での建物価値は低く、実際の減価償却可能期間が日本の簡便法で計算されるよりも長いケースが多く、税負担の公平性を損なうと判断されました。会計検査院は、「日本国内と国外の資産に対する償却基準が乖離しており、課税の公平を損なっている」と指摘。これを受けて国税庁と財務省は、令和2年度税制改正で制度の見直しを行い、令和3年分以降の所得税から新ルールを適用しました。

過度な減価償却スキームの実態

問題となったスキームでは、次のような流れで節税が行われていました。

  1. アメリカなどで築30年以上の中古物件を購入(建物比率が高く設定されている)
  2. 「簡便法」により耐用年数を極端に短く設定(例:4年〜5年で全額償却)
  3. 減価償却費を大量に計上し、不動産所得を赤字化
  4. 給与所得や国内不動産所得と損益通算して所得税を軽減
  5. 数年後に物件を売却し、キャピタルゲイン課税で軽い税率に移行

この仕組みにより、実際の資産価値の減少よりも早いペースで経費計上が行われ、所得税の繰り延べではなく「実質的な節税」として機能していたのです。高所得者層を中心にこの手法が拡大し、結果的に税収の減少と公平性の欠如が問題視されました。

公平な課税を取り戻すための制度設計

国税庁と財務省は、こうした節税スキームの封じ込みを目的に、「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」(租税特別措置法第41条の4の3)を制定しました。この特例により、簡便法による減価償却費相当分は、他の所得との損益通算を認めないことが明文化されました。

この改正の背景には、次のような政策的意図があります。

  • 国内外の不動産投資における課税ルールの整合性確保
    国内の中古不動産に比べて、海外不動産の減価償却が不自然に短いことを是正する狙い。
  • 所得階層間の公平性確保
    高所得者のみが海外スキームで節税している状況を解消し、一般納税者との公平性を回復。
  • 税制の国際的整合性の強化
    海外資産による節税が国際的な租税回避に発展することを防ぎ、OECDの税源浸食防止(BEPS)方針とも整合を取る動き。

投資抑制ではなく「適正課税」への転換

この改正は「海外不動産投資の抑制策」ではなく、「税負担を実態に即して適正化するための調整」という位置づけです。国税庁は、海外投資そのものを否定していません。むしろ、透明で実態に沿った運用を求めています。

したがって、法人格を用いた正当な減価償却や、長期保有による譲渡所得課税の活用など、ルールを理解した上での戦略的運用が求められるようになりました。

税制改正の背景には、短期間で巨額の減価償却を計上して税を抑える「過剰な節税」が広がったことがあります。国税庁は公平性と透明性を重視し、実態に即した課税へ軸足を移したんです。つまり“節税封じ”ではなく、“正しい税負担への是正”という流れですね。

令和2年度税制改正前後で何が変わったか

改正前:海外中古不動産で損益通算が可能だった時代

令和2年度の税制改正以前、日本の高所得者層を中心に「海外中古不動産を活用した節税スキーム」が盛んに利用されていました。特にアメリカなど建物価値の比率が高い国では、購入額の大部分を建物として計上でき、その建物部分を「簡便法」に基づいて短期間で減価償却できる仕組みを利用することで、多額の減価償却費を経費として計上できました。

これにより、海外不動産の賃貸による赤字(不動産所得の損失)を給与所得や国内不動産の黒字と損益通算し、所得税・住民税の負担を軽減する節税が可能でした。

たとえば、年収3000万円の給与所得者が米国の中古不動産を購入し、減価償却により年間1000万円の不動産赤字を計上すれば、その分所得が減り、最高税率45%で約450万円の税金が軽減されるようなケースもありました。

この仕組みは、国際的な資産分散を促す側面もありましたが、実態としては「実際のキャッシュフローが伴わない節税」が横行し、税制の公平性を損なう結果となっていました。

改正後:国外中古建物の減価償却による損益通算を制限

こうした状況を受け、令和2年度税制改正(令和3年分以降の所得税から適用)で新たに「租税特別措置法第41条の4の3(国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例)」が制定されました。

改正のポイントは、「国外中古建物の減価償却費(簡便法による計算分)」を起因とする損失については、損益通算を認めないというものです。

つまり、海外中古不動産で生じた赤字を給与所得や国内不動産の黒字と相殺することはできず、海外不動産の所得内(国外不動産同士)でしか通算できなくなりました。

これにより、個人投資家が海外中古物件を利用して税負担を減らす「ペーパーロス節税」は封じられました。

また、改正は令和3年以降に取得した物件だけでなく、既に保有している物件にも適用されるため、過去の投資家にも影響が及びました。

改正の影響と税負担イメージ

この改正の影響で、高所得層の税負担は顕著に増加しました。たとえば、従来なら海外不動産の減価償却費により所得を圧縮し、45%の累進課税率を回避できていた層が、その損失を控除できなくなったことで、実効税率が跳ね上がるケースが多く見られます。

また、住民税や復興特別所得税を加えると、合計で最大55%もの税率が課されることになります。

一方で、改正後も海外不動産同士の内部通算や法人所有の場合には制限が緩いことから、個人から法人への移行(法人化)を検討する投資家も増加しました。

また、売却時には「損益通算できなかった減価償却費相当額」を譲渡所得の計算上で控除できるため、長期保有・売却戦略による節税余地は一部残っています。

改正の背景にある公平性と国際整合性

この改正は、会計検査院が平成27年度に指摘した「海外中古建物への簡便法適用は合理性に欠ける」という報告を受けたものでした。

国内の中古物件と比較して、海外中古物件では法定耐用年数が極端に短く設定され、減価償却費が過大になるケースが問題視されたためです。

さらに、国税庁・財務省は税制の「公平性確保」と「国際的な整合性維持」を目的に、所得課税の透明化と過度な節税の抑止を進めました。

結果として、海外不動産を利用した個人レベルの節税スキームは封じ込められ、「節税」から「長期資産運用」への転換が求められる時代へと移行しています。

改正のポイントまとめ

  • 改正前:海外中古不動産の減価償却費を経費にして他所得と損益通算が可能
  • 改正後:減価償却費による赤字は損益通算不可(国外不動産内のみ)
  • 適用時期:令和3年(2021年)以降の所得税から適用
  • 対象:簡便法による減価償却を行った国外中古建物
  • 背景:会計検査院の指摘、公平性の確保、過度な節税抑止

改正後の対応方向

  • 海外不動産同士の損益通算は引き続き可能
  • 法人所有では制限なし(ただし税務リスクに注意)
  • 売却時に未償却費を譲渡所得計算で控除可能
  • 節税ではなく「資産最適化」への戦略転換が重要

ここが重要


海外不動産投資は、改正前のように「所得圧縮の道具」ではなく、「長期的な資産形成・為替分散・現地市場のキャピタルゲイン」を狙う戦略に再設計することが求められています。

税制改正前後の変化まとめ

項目改正前(〜令和2年)改正後(令和3年〜)
減価償却方法簡便法利用で短期間償却可同様だが損益通算不可
損益通算他所得と通算可(節税可)不可(国外内のみ可)
法人所有制限なし制限なし(従来通り)
税負担実効税率抑制可能累進税率で上昇傾向
投資戦略節税目的中心資産最適化・長期運用中心

海外不動産投資家への影響


この改正により、海外不動産を利用した「税金の繰り延べ」や「赤字の相殺」は実質的に不可能になりました。今後は法人スキームや長期保有による譲渡所得の最適化を中心とした、より実態経済に即した投資戦略が求められます。

税務上のアドバイス


海外不動産を既に保有している方や新規取得を検討している方は、物件所在地の現地税制、日本の所得税法、そして為替差益課税などを含めた「日・外税制の統合設計」を行う必要があります。

令和改正での変化を理解するポイント

  • 節税から資産管理へのシフト
  • 国外中古建物の扱いは個人と法人で異なる
  • 損益通算制限は所得税法の基本理念「公平負担」の一環
  • 改正は過去の過度な節税スキームに対する是正措置

全体まとめ


令和改正での変化は、海外不動産を“節税手段”から“長期資産運用”へと位置づけ直す転換点でした。短期的な減税は困難になりましたが、法人活用や譲渡所得控除を意識した長期戦略を組めば、依然として投資価値はあります。税務リスクを避けるためにも、専門税理士への相談を前提に、国際税制のルールを正しく理解して行動することが大切です。

今も活用できる海外不動産の損益通算のパターン

令和2年度の税制改正により、海外中古不動産の減価償却を活用した損益通算は個人では原則できなくなりました。しかし、すべての損益通算が禁止されたわけではなく、一定の条件を満たす形で活用できるパターンは依然として存在します。ここでは、現行制度のもとで認められている3つの代表的なパターンを紹介します。

海外不動産同士での損益通算

改正後も、海外不動産間での「内部通算(所得内通算)」は引き続き可能です。

つまり、同一の「国外不動産所得」内であれば、利益と損失を相殺できます。

たとえば、米国の物件で黒字が出ている一方、タイの物件で修繕費などにより赤字が発生している場合、この2つの損益を相殺し、最終的な不動産所得を圧縮できます。

この内部通算は、国内不動産との通算(所得外通算)はできなくなった一方で、海外投資ポートフォリオを複数保有する投資家にとっては、依然として有効な節税手段です。

また、為替差損益や管理費用の按分方法にも留意する必要があります。国税庁通達では、共通経費を資産ごとの「収入金額」または「取得価額」に基づいて合理的に配分する方法を認めており(租税特別措置法施行令第26条の6の3)、これを適正に行うことで通算効果を最大化できます。

法人を活用した損金計上

個人とは異なり、法人は「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例(措法第41条の4の3)」の制限対象外です。

したがって、法人が保有する海外不動産については、簡便法による減価償却を引き続き損金算入(経費計上)できます。

たとえば、資本金1億円以下の中小法人の場合、所得800万円以下では税率約23%、800万円超では約30%前後となるため、減価償却によって法人税負担を圧縮する効果が期待できます。

特に、海外不動産を法人所有に切り替えることで、個人の累進課税(最大55%)を回避し、法人税率の範囲内での最適化を図る戦略が有効です。

ただし、法人であっても節税の意図が過度であると「同族会社の行為計算否認規定(法人税法132条)」の対象となる可能性があるため、法人形態の選択や所得分配の設計には専門家の助言が不可欠です。

長期保有後の譲渡所得での控除活用

損益通算ができなくなった後でも、減価償却費が無駄になるわけではありません。

国外中古建物の減価償却により損益通算できなかった部分は、売却時に「譲渡所得の取得費」として加算できます。

つまり、建物の帳簿上の未償却残高が増えることで、結果的に譲渡益(キャピタルゲイン)を圧縮し、売却時の課税を軽減する効果を持ちます。

特に、保有期間が5年を超える長期譲渡所得の場合、税率は約20%(所得税15%+住民税5%)となり、短期譲渡(約39%)に比べて有利です。

そのため、「短期の減価償却節税」から「長期の譲渡益最適化」へと視点を切り替えることで、改正後もなお合理的な税務効果を得ることができます。

この方法は、単なる課税の繰り延べではなく、「将来のキャッシュフローを見越した最適化」としての位置づけが重要です。

改正後も海外不動産の損益通算を完全に封じられたわけではありません。海外不動産同士の通算、法人を介した損金計上、譲渡時の取得費控除といった道筋を理解し、制度の“抜け道”ではなく“正規の仕組み”として活用することが重要です。特に、節税と課税繰延の境界を見極める力が投資家のリスクコントロール力になりますね

個人投資家が注意すべき国際税務上の落とし穴

海外不動産投資では、表面的な利回りや節税効果ばかりに目が行きがちですが、実際に大きなトラブルになるのは「国際税務」の管理ミスです。特に日本と投資先国との税制差や為替、申告義務を正しく理解していないと、後々の税務調査や二重課税で損をするケースが少なくありません。

国外不動産所得の確定申告と為替換算のリスク

海外不動産から得た家賃収入や売却益は、日本の所得税法上「国外不動産所得」として課税対象になります。つまり、たとえ現地で税金を支払っていたとしても、日本国内でも確定申告が必要です。

このとき注意すべきなのが「為替換算」です。家賃収入や経費、減価償却費、売却金額などはすべて日本円に換算して申告する必要があります。たとえば、為替レートを誤って年間平均でなく特定日のレートで計算した場合、税額が過大・過少に申告される可能性があり、後の税務調査で指摘されることがあります。

さらに、外国通貨建てローンを利用している場合、返済時の為替差損益も課税対象となる場合があります。為替差損を経費に含められるか、差益を雑所得として申告すべきかを誤ると、修正申告を求められることもあるため、注意が必要です。

海外現地税制との二重課税リスク

海外不動産所得は現地でも課税対象となることが一般的です。そのため、日本と現地の双方で課税される「二重課税」のリスクが発生します。

この場合、日本では「外国税額控除」という制度を利用して、現地で支払った税金を日本の税額から差し引くことができます。ただし、この控除額には上限があり、全額が差し引けるわけではありません。また、控除の適用には現地納税証明書や決算資料などが必要となり、書類の不備や翻訳の不整合で認められないケースもあります。

特に米国や東南アジア諸国では、州税や固定資産税など複数の課税主体が存在するため、どの税が外国税額控除の対象になるのかを整理する必要があります。これを怠ると、現地でも日本でも課税される「ダブルペナルティ状態」になりかねません。

租税条約の適用と報告義務の見落とし

多くの国は日本と「租税条約」を締結しており、一定の所得は一方の国でのみ課税する、または軽減税率を適用するルールが設けられています。

しかし、条約の適用には「居住者証明書」の提出など形式的な要件が必要で、申請を怠ると本来控除されるべき税金を余分に払ってしまうことがあります。

さらに、国外資産が5000万円を超える場合には「国外財産調書」の提出義務、年間200万円を超える海外取引収入がある場合には「所得税の国外源泉所得の明細書」を申告時に添付する義務もあります。これらを提出しなかった場合、加算税や重加算税の対象になるおそれがあります。

日本側での税務調整・税額控除の実務的注意点

外国税額控除を適用する際、日本の所得分類と現地課税の所得分類が一致していないと、控除が部分的にしか認められないことがあります。たとえば、現地では「事業所得」とされているものが日本では「不動産所得」と分類され、計算式上控除が削減されるケースがあります。

また、海外法人経由で投資している場合、法人段階で課税された利益を個人が配当として受け取る際に再度課税される「経済的二重課税」が生じることもあります。これを防ぐには、現地法人の会計処理と日本側の確定申告を連携させることが不可欠です。

海外不動産は利回りだけでなく、税制構造の複雑さを理解しておくことが重要です。特に為替換算、二重課税、条約適用、報告義務の4点を軽視すると、想定外の税負担や追徴課税を受けるリスクがあります。税務署は海外投資家の申告内容を自動情報交換制度(CRS)で把握しているため、国際税務に強い専門家のサポートを受けながら、法令遵守と最適化を両立させるのが賢明ですよ

国税庁・財務省・税理士法人が示す最新の参考資料

国税庁による公式資料と法令解釈

海外不動産に関する損益通算の制限は、国税庁が定める租税特別措置法第41条の4の3に明記されています。この条文は「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」と呼ばれ、令和2年度税制改正を経て令和3年から適用されています。

特に注目すべきは、「簡便法」による減価償却費の損失部分を他の所得と通算できないと定義している点です。これにより、給与所得や国内不動産所得との相殺が事実上不可能になりました。

国税庁の関連通達では、経費配分の方法や共通必要経費の扱い方まで具体的に示されており、たとえば以下のような記述があります。

  • 共通必要経費は「合理的と認められる基準」により配分すること
  • 継続的に同一方法を採用している場合、その方法を認めることができる

これらは、個人が海外不動産を複数所有している場合の経費按分にも直接関わる重要な解釈であり、節税戦略を立てる際には必ず確認しておく必要があります。

参考リンク(国税庁)

  • 国税庁タックスアンサー No.2250「損益通算」
  • 国税庁タックスアンサー No.5404「中古資産の耐用年数」
  • 租税特別措置法第41条の4の3(国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例)関係通達

これらはすべて国税庁公式サイトで公開されており、改正の趣旨や適用方法を確認するための第一の情報源です。

財務省が公表する税制改正大綱と背景

令和2年度税制改正大綱(財務省)では、国外中古不動産の減価償却を利用した節税スキームが「税負担の公平性を損なう」として問題視された旨が明記されています。

会計検査院の報告書(平成27年度決算検査報告)においても、「日本の簡便法を海外不動産に適用するのは合理的でない」と指摘されており、これが法改正の直接的な契機となりました。

財務省の資料では、以下の3点が特に重視されています。

  1. 高所得者層による不当な減税の防止
  2. 海外不動産取引を通じた所得圧縮スキームの排除
  3. 国内・国外投資の税制上の公平性確保

この方針は「資産の所在による不公平を是正する」という広い観点からも支持され、現在の制度設計に反映されています。

参考資料(財務省)

  • 令和2年度税制改正大綱(P16–P17)
  • 「税制改正の概要」資料集(財務省主税局)
  • 会計検査院 平成27年度決算検査報告 P923–P933

これらを通じて、税制改正の背景にある政策的意図を理解することができます。

税理士法人による最新の実務的解釈

辻・本郷税理士法人や山田&パートナーズなどの国際税務に強い税理士法人も、実務上の視点からこの改正を分析しています。特に辻・本郷税理士法人の最新記事(2024年10月更新)では、次のような重要な解釈が示されています。

  • 個人は簡便法による減価償却の損失を損益通算できないが、法人は引き続き計上可能
  • 海外不動産同士の内部通算は引き続き有効
  • 将来の譲渡所得計算時に、切り捨てられた損失分を取得費に加算できる

このように、「損益通算の禁止=節税不可」ではなく、計上タイミングと課税区分を整理すれば最適化の余地が残るというのが専門家の見解です。

税理士法人が示すポイントとして、次のような提言が挙げられています。

  • 改正後も海外資産を「長期保有+譲渡益活用」で再設計すべき
  • 減価償却費を損金算入するには法人化戦略が有効
  • 為替換算や現地税額控除を正確に処理するためには、国際税務専門家の関与が不可欠

実務面での最適な対応策を検討する際は、これらの専門家解説を参照することが有用です。

最新情報を把握するためのチェックリスト

  • [ ] 国税庁公式タックスアンサーの更新状況を確認する
  • [ ] 財務省の税制改正大綱を毎年チェックする
  • [ ] 会計検査院の報告書で不適正事例の指摘内容を把握する
  • [ ] 国際税務専門の税理士法人による最新解説を参照する
  • [ ] 海外不動産を法人で保有している場合は、減価償却の実務運用を再点検する

海外不動産の税制は、毎年少しずつ変化しています。特に令和改正以降は「節税の余地を探す」よりも、「制度の範囲内で最大限有利に活用する」姿勢が大切です。最新の通達や専門家の見解を常に追って、正しい情報をもとに判断していきましょう。

海外不動産の節税は本当に不可能?これからの戦略

令和2年度の税制改正により、個人が海外中古不動産を活用して国内所得と損益通算を行う従来の節税スキームは封じられました。しかし、これは「海外不動産を使った節税が完全に不可能になった」という意味ではありません。制度の本質を理解すれば、今後の投資判断や節税戦略の立て方には、まだ複数の道が残されています。

節税から「資産最適化」への発想転換

かつてのように、減価償却によって給与所得や国内不動産所得を圧縮する手法は使えなくなりましたが、「節税」そのものを目的とする時代はすでに終わりつつあります。

今後は、キャッシュフローの安定化や資産全体の最適配分を軸にした「資産最適化」戦略が求められます。

海外不動産は依然として、為替分散・資産保全・インフレヘッジといった観点で魅力があり、単純な「節税商品」から「ポートフォリオ資産」へと役割が変化しているのです。

法人化による減価償却の再活用

個人では制限された減価償却も、法人を通じた投資であれば引き続き認められています。

法人税率は中小企業の場合23〜30%程度で一定のため、所得階層によって税率が変動する個人課税よりも、計画的な税負担管理が可能です。

さらに、海外現地法人や国内SPC(特別目的会社)を活用すれば、経費計上や資金繰りの柔軟性も高まり、グローバル資産管理スキームの一環として節税効果を組み込むことができます。

ただし、法人設立や維持に伴うコスト・コンプライアンス負担も大きいため、税務シミュレーションの段階で専門家の関与が不可欠です。

長期保有と譲渡益課税の最適化

国外中古建物の減価償却を活用して得た損失は、賃貸期間中には損益通算できなくても、売却時の譲渡所得計算において取得費として控除可能です。

つまり、短期的な所得圧縮はできなくても、長期保有を前提とした「出口戦略」で税効果を発揮できます。

特に、5年超保有による長期譲渡所得(約20%課税)への移行を活かすことで、全体としての実効税率を抑えることが可能です。

これは「節税ではなく、課税の最適化」という方向性で考えるべきアプローチです。

海外不動産同士の通算と現地税制の活用

損益通算の制限は国内不動産との相殺に限定されており、海外不動産同士での内部通算は依然として有効です。

複数の海外物件を保有している投資家であれば、国ごと・物件ごとの収益構造を組み合わせることで、税負担を平準化できます。

また、現地税制の優遇措置(減価償却・税控除・控除対象経費など)を正しく理解すれば、実質的なトータル課税を抑えることも可能です。

特に米国・シンガポール・オーストラリアなどでは、日米租税条約や外国税額控除制度を活用することで、日本側での課税調整が行えるケースもあります。

税務戦略の軸は「グローバル最適化」

これからの海外不動産投資では、節税だけを目的とするのではなく、国際税務・資産承継・為替リスクマネジメントを総合的に設計することが鍵となります。

国ごとに税制・耐用年数・控除制度が異なるため、複数国の税務をまたぐ場合は、国際税務に強い専門税理士の支援が必須です。

特に、資産承継・相続・法人スキームを含めた「グローバル資産設計」の観点から見ると、税制改正後も有効な節税余地は十分に存在します。

節税が封じられたと思っても、戦略を変えればまだ道はあります。税制は“使えなくなる”のではなく“使い方が変わる”だけです。これからは短期の節税ではなく、長期の資産戦略を軸に考えていきましょう。

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