海外不動産の相続で押さえるべき基本知識
国際相続と国内相続の違い
日本国内での相続は日本の民法や相続税法に基づき統一的に処理されますが、海外不動産が絡む場合は「国際相続」として扱われます。国際相続では、相続人や被相続人が複数の国に関わるため、どの国の法律を適用するかが最初の論点になります。日本法では原則として「被相続人の本国法」が適用されますが、国によっては不動産について「所在地の国の法律」を優先する仕組みを採用しています。そのため、日本人が海外不動産を相続するときは、単純に日本法だけを参照するのではなく、現地法の確認が不可欠となります。
不動産所在地国の法律が優先されるケース
不動産は「物権」に属し、その効力は不動産が所在する国の法律に従うのが国際的な原則です。例えばアメリカやフランス、中国などの国は「相続分割主義」を採用しており、不動産に関しては必ずその国の法律に従う必要があります。これにより、日本国籍を持つ相続人であっても、相続のルールや手続きが現地の制度に縛られることがあります。特に相続登記や裁判所の関与(プロベイト手続きなど)が求められる場合、専門家の協力なしでは進めることが難しい点に注意が必要です。
本国法と現地法の適用範囲
海外不動産の相続では、本国法と現地法の両方が関与する可能性があります。不動産以外の財産(海外預金や動産など)は原則として被相続人の本国法に従いますが、不動産は所在地国の法律に従うことが多いため、二重構造になります。その結果、遺言書が有効かどうか、相続分の計算方法、登記名義の変更手続きなどで異なる法律が交錯することになります。日本人が海外に不動産を持つ場合は、現地法が優先される範囲を正確に把握し、日本法との整合を事前に検討することが重要です。

海外不動産の相続税の課税対象と範囲
日本居住者が海外不動産を所有している場合の課税範囲
日本に住所を有する者が海外不動産を相続した場合、その不動産は日本の相続税の課税対象に含まれます。日本の税制は「全世界課税」を採用しているため、国内財産だけでなく国外に所在する財産も課税対象となる点が特徴です。したがって、ハワイや東南アジアなどで保有している不動産であっても、相続が発生すれば日本の相続税法に基づき申告義務が生じます。被相続人または相続人が国外居住者の場合は範囲が異なるため、国籍・居住地・滞在期間を正しく確認することが重要です。
国外財産調書制度と申告義務
海外不動産を含む国外財産を5,000万円以上所有している場合、日本の税務当局への「国外財産調書」の提出が必要となります。これを怠ると、加算税やペナルティの対象になるだけでなく、相続税の調査リスクが高まります。国外財産調書には不動産の所在地、評価額、所有形態などを明確に記載しなければなりません。特に現地の不動産登記制度や評価基準が日本と異なるため、情報の整理と適切な証憑の準備が欠かせません。
二重課税リスクとその回避方法
海外不動産の相続では、日本と現地国の両方で相続税または遺産税が課される可能性があります。例えばアメリカやフランスなどの国では、不動産の所在地国の課税権が優先される仕組みを採用しているため、現地でも課税され、日本でも課税される「二重課税」の事態が発生し得ます。この場合、日本は「外国税額控除」により一定の調整が可能ですが、控除限度を超える部分については負担が残るため、完全には回避できません。二重課税リスクを減らすには、相続開始前から現地の税制や日本との租税条約を確認し、必要に応じて信託や法人所有などのスキームを検討することが有効です。
課税範囲を理解するための実務ポイント
- 居住地・国籍を確認する
被相続人と相続人の双方の居住地や国籍により、日本の課税範囲が変わります。短期居住者や非居住者の場合、課税対象が限定される場合があります。 - 現地課税の有無を調べる
所在国で相続税や遺産税が課税されるかどうかを事前に把握し、必要に応じて現地の専門家に相談することが求められます。 - 国外財産調書の提出準備をする
5,000万円以上の国外資産を所有する場合は、相続の有無にかかわらず毎年提出義務があります。相続開始後の申告期限に間に合わせるため、日頃からデータを整理しておくことが大切です。

国ごとに異なる相続税制度の特徴
海外不動産の相続税は、所在国の法律や税制の影響を大きく受けるため、各国の制度を理解することが欠かせません。相続統一主義と相続分割主義といった基本的な法体系の違いに加え、控除制度や税率、手続きの複雑さが国ごとに異なります。
アメリカの相続税制度
アメリカでは「エステートタックス」と呼ばれる仕組みが適用され、被相続人の遺産全体に課税されます。一定の基礎控除額(2025年時点で約1,200万ドル前後)が設けられており、この範囲内であれば相続税はかかりません。ただし、控除を超える部分については累進税率が適用され、最大40%まで課税されます。また、不動産が単独名義で所有されていた場合、相続手続きに「プロベイト」と呼ばれる裁判所関与の検認手続きが必要となり、時間と費用の負担が大きい点も特徴です。
ヨーロッパ主要国の相続税制度
ヨーロッパは国ごとに相続制度の差が顕著です。
フランスでは、不動産所在地国の法律を優先する「相続分割主義」を採用し、相続人ごとの法定相続分に基づいて課税されます。相続人の続柄に応じて税率が異なり、子供や配偶者には手厚い非課税枠が設けられているのが特徴です。
ドイツは「相続統一主義」に基づき、被相続人の国籍法が適用される仕組みです。控除額や税率は相続人の親族関係によって区分され、課税対象額が増えるにつれて累進的に税率が上昇します。
イギリスは「相続税(Inheritance Tax)」を採用し、基礎控除額(約32.5万ポンド)を超える資産に対して40%の税率が一律で課税されます。配偶者控除や住宅に関する追加の非課税枠があるため、事前のプランニングが重要です。
アジア諸国の相続税制度
アジアでは相続税が存在する国と存在しない国に分かれます。
日本や韓国は相続税を厳格に設けており、日本人が海外不動産を相続する場合も課税対象となります。韓国も同様に国外財産を含めて申告義務があります。
一方、シンガポールや香港では相続税は廃止されており、不動産の所有や移転に際して課税されるのは印紙税や不動産取得税に限られます。そのため、節税目的でこれらの国に不動産を保有する投資家も少なくありません。
中国は不動産所在地国の法律を優先する「相続分割主義」を採用していますが、現時点では相続税制度が存在しないため、登記や所有権移転にかかる費用が中心となります。
相続統一主義と相続分割主義の違い
相続統一主義は、被相続人の国籍または最終住所地に基づいて一元的に相続法を適用する考え方です。日本、ドイツ、韓国などが該当し、複数国に資産を持つ場合でも整理がしやすいのが特徴です。
相続分割主義は、不動産は所在地国の法律、それ以外の財産は本国法を適用する方式です。アメリカやイギリス、フランス、中国などが採用しており、不動産ごとに現地法を確認する必要があるため、国際相続では手続きが複雑になります。
課税対象財産と控除の違い
国によって課税対象財産の範囲や控除の仕組みも異なります。アメリカやイギリスのように基礎控除が大きい国では高額資産を持つ層が中心に課税対象となりますが、日本や韓国では基礎控除額が比較的低いため、海外不動産を保有する投資家にも広く課税が及びます。フランスやドイツでは相続人の続柄による控除制度が発達しており、配偶者や子供への承継には優遇がある一方で、兄弟姉妹や第三者への相続には重い税負担が発生する点が特徴です。

海外不動産の評価方法と注意点
日本国内評価との違い
日本の不動産相続では、国税庁が公表する「路線価」や「固定資産税評価額」を基準に相続税評価額を算出します。しかし海外不動産の場合、これらの基準は存在しない国が多く、原則として「時価」に基づいた評価が行われます。そのため、日本特有の評価額と市場価格の乖離による節税効果は期待しにくいのが特徴です。
評価方法の基本
海外不動産の相続税評価は、国税庁の「財産評価基本通達」に基づき、以下の方法で行うのが一般的です。
- 現地不動産会社による査定
複数社に依頼して市場価格の妥当性を確認し、相続税申告の根拠資料とする方法です。無料査定が可能な場合もありますが、査定額のばらつきに注意が必要です。 - 現地の不動産鑑定士による評価
国や地域によっては不動産鑑定士やそれに準じる専門資格を持つ評価者が存在します。専門家による意見書(精通者意見価格)は国税庁への説明力が高く、特殊な不動産や高額物件では有効です。費用は数十万円程度が目安です。 - 売買実例価額の参照
過去の取引事例や公開されている売買価格を基準に評価を行う方法です。市場の実態に即した評価が可能ですが、地域によっては情報入手が困難な場合があります。
国や地域ごとの留意点
- アメリカ・ハワイなどリゾート地
購入価格とほぼ同額で相続評価されるケースが多く、節税効果は乏しい一方、相続時の市場変動が評価額に直結します。 - 新興国の不動産
公的評価制度が未整備の場合、鑑定士や不動産会社の評価が必須となり、評価額に幅が出やすい点に注意が必要です。 - ヨーロッパ主要国
国によっては独自の課税評価基準が設けられている場合があり、日本側の評価と併せて二重評価のリスクが生じることもあります。
実務上の注意点
- 評価資料は日本の税務署に提出するため、英語や現地語の書類には翻訳が必要です。
- 同一物件でも依頼先によって評価額が大きく異なるため、複数の資料を組み合わせて信頼性を確保することが重要です。
- 節税目的の購入は効果が限定的であり、投資価値や資産分散の観点からの判断が現実的です。

海外不動産の相続手続きの流れ
海外不動産を相続する場合、日本国内の相続と異なり、現地法制度に従った複雑な手続きが必要になることが多いです。名義変更や登記の可否、裁判所を通す必要の有無、遺言の効力などは国によって大きく異なるため、一般的な流れを整理して理解しておくことが重要です。
名義変更と登記の準備
相続開始後、まず必要になるのは名義変更や登記に必要な書類の準備です。
主な書類には、被相続人の死亡証明書、戸籍謄本や相続関係を示す書類、遺産分割協議書、遺言書(有効な場合)が含まれます。これらの書類は現地法に適合させる必要があり、翻訳や公証が求められるケースもあります。特に複数国で認証が必要な場合には「アポスティーユ」や大使館での認証を取得することが一般的です。
プロベイト手続きが必要な国の対応
アメリカやイギリスなどでは「プロベイト」と呼ばれる検認裁判手続きが必要になります。裁判所が遺言や相続人を確認し、資産の管理者(エグゼキューターやアドミニストレーター)を任命して、負債の清算や税務処理を経たうえで相続人に不動産を分配します。プロベイトは1年以上かかることも多く、現地弁護士の関与が必須です。費用や時間的負担が大きいため、相続開始前から対策を検討しておくことが望まれます。
プロベイト不要のケース
一方で、国や購入形態によってはプロベイトを避けられる場合があります。例えば米国の「ジョイント・テナンシー(Joint Tenancy)」での所有形式では、相続時に自動的に生存者に権利が移転し、裁判所の介入を経ずに名義変更が可能です。ただし、購入時の資金負担割合によっては贈与税の課税リスクが生じるため、事前に専門家の確認が不可欠です。
遺言書の有効性
遺言書がある場合、その効力は国際的な要件に左右されます。不動産がある国の法律上の要件を満たす必要があるため、日本法で作成された遺言でも無効となる可能性があります。逆に、現地の法律が認める形式(録音や映像による遺言など)が有効とされる場合もあります。そのため、相続対象となる国ごとに遺言の準拠法を確認し、適切に準備しておくことが重要です。
専門家との連携
海外不動産の相続では、相続人が現地の制度や言語に対応できない場合が多く、現地弁護士や不動産会社、税理士の関与が欠かせません。書類の翻訳、公証、登記手続き、相続税や譲渡税の申告まで、多くの専門分野が関わります。日本の弁護士・税理士と現地の専門家が連携して進める体制を整えることがスムーズな解決につながります。

相続税対策としての海外不動産投資の限界
日本の不動産との評価方法の違い
日本の不動産では「路線価」や「固定資産税評価額」が利用され、時価よりも低い評価額になることで相続税の節税効果が得られるケースがあります。しかし、海外不動産は原則として「時価」で評価されるため、日本のような評価乖離を活かした節税は期待できません。現地不動産会社の査定や専門家意見を用いた評価でも、市場価格がそのまま相続税評価に反映される可能性が高いのが現実です。
節税効果が限定的になる理由
海外不動産は購入価格と相続時の評価額が近くなることが多いため、評価の圧縮が難しい特徴があります。例えば、人気エリアのコンドミニアムを1億円で購入すれば、相続時の評価額もほぼ1億円前後となり、相続税の課税対象額が下がらないのが一般的です。評価額を下げられない以上、節税効果を狙って海外不動産を購入しても、期待通りの成果を得られる可能性は低いといえます。
資産価値の変動リスク
相続税対策を目的に海外不動産を取得した場合、現地の経済状況や不動産市況によって資産価値が変動するリスクも無視できません。相続発生時に不動産価格が下落していれば相続税評価額は下がりますが、それは同時に資産自体の価値が減少していることを意味します。逆に価格が上昇していれば、課税額も増加するため、節税どころか税負担が重くなる可能性もあります。
利用価値は節税以外の側面にある
海外不動産を相続税対策として捉えるのではなく、むしろ「資産の分散」や「国内資産のリスクヘッジ」といった観点で活用する方が現実的です。為替リスクや現地の経済成長を取り込む手段として、長期的な資産形成の一部に位置付けるのが妥当です。節税効果だけを狙った投資は成果が限定的であり、むしろ不動産の流動性や手続き上の煩雑さによるデメリットが強調されることもあります。
専門家の助言が不可欠
国ごとに評価方法や相続法制が異なるため、事前に現地専門家や国際相続に詳しい税理士・弁護士の意見を得ることが重要です。節税目的だけでなく、相続後の手続きや維持管理のコストも総合的に判断しなければなりません。

海外不動産相続で発生しやすいトラブル
相続人同士の権利争い
海外不動産は日本国内の不動産と異なり、評価方法や登記制度が国ごとに異なるため、資産価値や取り扱いをめぐって相続人間の意見が対立しやすいです。たとえば、不動産の時価評価に幅があり、誰がどの基準で算定するかによって相続額が大きく変わることもあります。その結果、遺産分割協議が難航し、家庭裁判所や現地の裁判所で争うケースもあります。
プロベイト手続きや名義変更の遅延
アメリカやイギリスなどでは、不動産相続に「プロベイト」と呼ばれる裁判所手続きが必要になる場合があります。これにより、相続人が実際に不動産を名義変更できるまでに1年以上かかることも珍しくありません。さらに、現地での書類認証や翻訳、公証人の関与などが必要になるため、手続きの複雑さがトラブルの原因となります。
現地専門家との連携不足
海外不動産の相続では、現地の弁護士・税理士・不動産業者の協力が欠かせません。ところが、相続人が現地にネットワークを持っていない場合、誰に依頼すべきか分からずに時間を浪費してしまうことがあります。また、言語の壁や制度の違いから、現地専門家との意思疎通に不備が生じ、必要書類の不備や申告漏れが起こることもあります。
贈与税や移転税の課税リスク
国によっては、相続時に不動産の移転だけでなく、贈与税や譲渡税に似た課税が発生することがあります。日本での相続税申告と並行して現地税務申告も必要になるケースでは、二重課税に近い負担が発生し、相続人が予期しない納税義務を負うことも少なくありません。こうしたリスクを回避するためには、相続開始前から税務上の扱いを調査し、両国間の租税条約を確認しておくことが重要です。
遺言書の効力をめぐる混乱
遺言書が存在しても、日本の形式で作成されたものがそのまま現地で有効と認められるとは限りません。国によっては「録音遺言」や「口頭遺言」を認める場合があり、反対に日本式の自筆証書遺言が無効となる可能性もあります。遺言の効力をめぐる認識の違いが、相続人間の対立や手続きの停滞につながります。

専門家に相談すべきタイミングとポイント
専門家に相談すべきタイミング
海外不動産の相続は、国や地域によって法律や税制が大きく異なるため、専門家のサポートが不可欠になる場面が多くあります。特に次のようなタイミングでは早めの相談が重要です。
- 相続が発生した直後
相続開始から申告や手続きまでの期限は国によって異なり、日本の相続税申告は10か月以内と定められています。海外資産がある場合、現地での登記変更や税務申告に時間を要するため、早い段階で専門家に依頼することが望ましいです。 - 相続税評価に不安があるとき
日本の路線価方式が通用しない海外不動産は、現地の市場価格や鑑定評価を用いる必要があります。評価方法を誤ると、税務署から否認されるリスクがあるため、専門家に相談して適切な評価資料を整える必要があります。 - 二重課税の可能性があるとき
日本と現地国の双方で課税が発生する場合、租税条約を利用して調整することが可能です。国際課税に詳しい税理士や弁護士が関与しなければ、不要な二重負担が生じる恐れがあります。 - 相続人間で争いが予想されるとき
遺言書の効力や現地法の解釈に相違があると、相続人間でトラブルになるケースがあります。事前に遺言や信託を整備する場合も、相続が始まった後に調停を進める場合も、弁護士や司法書士の助言が不可欠です。
専門家を選ぶ際のポイント
海外不動産相続は、日本国内の相続専門家だけでは不十分な場合が多く、以下の観点で選定することが重要です。
- 国際相続の実績があるか
海外不動産の相続を数多く扱った実績を持つ税理士・弁護士を選ぶことで、手続きの漏れや遅延を防げます。英語や現地言語での書類作成・交渉経験があるかどうかも重要です。 - 現地専門家とのネットワークがあるか
弁護士や税理士が、現地の不動産会社や鑑定士、司法当局とスムーズに連携できる体制を持っているか確認しましょう。特にプロベイト(検認裁判)手続きが必要な国では現地代理人が必須です。 - 費用や期間が明確か
相続税申告や登記手続きには数十万円から数百万円の費用がかかる場合もあります。見積もりが透明で、想定される期間や追加費用の条件が明確に示されている専門家を選ぶことが安心につながります。 - 遺言・信託などの事前対策に対応できるか
生前のうちから遺言作成や信託契約を設けることで、相続開始後のトラブルや手続き負担を軽減できます。国際相続に精通した事務所であれば、将来を見据えた包括的な提案が可能です。
